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機能不全家族と母親について 1 からの続きになります。

私の母は感情的で衝動的な面があり、一度キレると、手がつけられなくなります。

「お前はあの時、あんなことも言った、こんなこともした」

と、今の会話に関係ないことを次々と持ち出し、一人でエキサイトしていきます。

昔、私が摂食障害だった頃、母親に感情をぶつけたことを根に持っているようなのです。

「お前がさっき言ったことには、こんな裏の意味が含まれている。」

「親に対する恨みつらみでいっぱいなんだろう」

果ては、こんなふうに事態は進みます。

「もう、お前には一切何も言わない!」
「こんな家は早く出ていく!」
「さようなら!」

そして、自室にこもってしまいました。

・・・これが、私の幼い頃からの、変わらない母親のパターンです。

子どもの頃は、こんな時、母親を怒らせてしまった自分が悪いと、自分自身を責め、母親の機嫌を取り戻そうと必死でした。

そして、自分の思いが伝わらない、いつもこちらの伝えたいことを捻じ曲げて解釈されてしまう、そして非難・攻撃をされてしまう、という葛藤に苦しんでいました。

・・・ですが、今ならわかります。

母親は、ただの子どもなんだ」と。

子どもが、自分がどうしていいかわからない時に、癇癪を起こすのと一緒なのです。

そして、大げさな演技をすることで人の関心をさそい、困惑させ、自分の勝ちに持っていきたいのです。

母親は、昔そんなふうに感情をぶつけざるをえなかった私の気持ちには、何も思い至ってはいないようです。

基準は、いつも「自分がどう感じるか」なのです。

母親が、この「自分」という視点から抜け出せないことがわかりきっているので、私はもう何も言わずに引き下がるしかありません。

まさに、機能不全家族にありがちな、「親子逆転」の図式です。

・・・もう老境にさしかかっても、このような一人芝居を演じて、自分を守ろうとする母親の姿は、とても物悲しいものがあります。

そして、私自身も、そんな母親の存在にまだ甘えたいところもありますし、甘えたくても甘えられない寂しさも依然として感じます。

未だに、共依存関係が残っているのでしょう。

また、幼少期からこのように、一方的・徹底的に娘を責める母親の支配下にいたため、自分は摂食障害などの心身症に発展したんだな、とわかります。

機能不全家族と母親について 3 につづきます。